国立歴史民俗博物館友の会 本文へジャンプ
★ 歴博友の会・明大博友の会共催講演会
 

特別講演会

古代国家と稲 −1200年前の稲の品種札の発見から−

 

4月21日(土)国立歴史民俗博物館 講堂

人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館館長 平川 南

                         

八重桜が残る春のさわやかな土曜日、歴博は大勢の友の会会員が、館長の特別講演に聞き入った。90分の講演とその後の質疑応答を含めた2時間の講演会はあっという間に過ぎ去った感がした。本日は歴博友の会と明大友の会共催の講演会であり、多くの会員が続々と歴博講堂にに集合した。入り口には、館長保有の稲の品種札(レプリカ)も置かれ、入場者は興味深げに見入っていた。
本日は会員以外の入場も可のオープンな講演会であり、講演会には老若男女であふれかえった。この機会にと講堂入り口では友の会会員の募集チラシも配布しさせていただいた。館長の名講演の賜物か、その場で入会された方も複数名いられた。
    講演中の平川館長   満員の歴博講堂

講演要旨


米作りは政治の傘下に置かれ、他の農作物とは全く別格である。このような米作りのあり
かたは、そのルーツを古代に求めることができるのではないだろうか。

 平成8年に山形県の鳥海山麓の遊佐町上高田遺跡から出土した、9世紀頃の小型木簡に、
ただ「畦越」とだけ記した付札は、近世の農書「清良記(せいりょうき)」(
170231年頃成立)にみえる「畦越(あぜこし)」と合致することがわかった。

 平成11(1999)年には全国で総数20点近い品種札のあることを公表した。その後も新しい品種札の発見が相次ぎ、品種名の付け方も判明した。

 このような稲の品種は早・中・晩の三種に大別され、さらにこの三種も細かく何種類にも分かれている。一週間ずつ種まきの日をずらしているものも確認された。地方豪族のもとで、稲の品種は完全にコントロールされていることがわかった。しかも、最近、種蒔きから刈り取りまでの日数を明確に知ることのできる木簡が発見され、近世の農書に記す日数とほぼ近似していた。日本列島における稲作の変遷がしだいに明らかになってきた


     
                                                    友の会TOPページへ