| 国立歴史民俗博物館友の会 |
| 第1回 旧城下町と河岸跡を歩く (5月14日) 参加者:41名 |
| −小見川に”ときの移ろい”を見るー |
| 12階段と姥が池 |
| 善光寺 初代”松本幸四郎”の墓案内標識 |
| 河岸問屋屋敷船着場跡 |
| 姥が池付近にあるコンクリート製の12階段は旧日本陸軍の正規の体操・運動用具の一つで「跳下台」とよばれていた。高さが3mほどで最高位に立つと足がすくむ。兵士はそのまま、あるいは銃などの装備をつけて飛び降りた。 姥が池では、ロープを木と木の間に渡し、渡河訓練も行われた。 (友の会 広報部) |
寿永山宝珠院善光寺に 初代”松本幸四郎”の墓がある。 初代”幸四郎”は小見川の出身であり、現代の”幸四郎”も襲名披露の後、墓参りに来たという。(友の会 広報部) このペ-ジのトップに戻る |
| 千葉県香取市小見川にあり、小見川藩の城米積み出しの河岸等で栄えた。江戸までの川道は48里であり、運賃は3分7厘とある。 明治期は利根川蒸気船の寄港地となった。(友の会 広報部) |
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| 第1回館長講演会 (7月21日) 参加者:120名 明治大学博物館友の会 国立歴史民俗博物館友の会 (場所:明治大学アカデミーコモン) 「南が語る 古代日本の”東西南北”論」 国立歴史民俗博物館館長 平川 南 |
| 大雨の中、約120名の友の会会員が館長の名講義に聞き入った。 講演に先立つ明冶大学博物館のギャラリートークには約45名が参加、講演後の館長を囲んだ懇親会には約30名が参加し、楽しく有意義なときを過した。 (友の会 広報部) |
| 第2回 佐倉連隊とその時代を歩く (8月5日) 参加者:17名 |
| −佐倉城址公園コース− 現在、歴博がある場所には、かって旧日本陸軍の歩兵第2、第57連隊が置かれていた。これらの施設は終戦後に 取り壊されたが、今でも歴博を含む佐倉城址公園内にはその遺構が残っている。 今回は夏の暑い日にもかかわらず、17名の会員が汗を拭きながら城址公園内を散策し、その時代を振り返った。 |
| 自由広場の奥、梅林付近にある石碑群のひとつ。裏面には、初代から23代までの連隊長の名前が記されている。(友の会 広報部) |
| 佐倉兵営跡 |




| 水閘門は江戸川への水量を調節するための水門と水位を調節して船の通行を可能にする閘門からなっている。これは水門を境に利根川と江戸川の水位が違うため、そのままでは、船が航行できないことによる。当水門は材質的にもそれまで主体だったレンガつくりからコンクリートへ移行する時期の貴重な近代文化遺産として注目される。(友の会 広報部) |
| 二つの川を結ぶ関宿水閘門 |
| 関宿城博物館は、かっての関宿城を模して建てられ、天守閣部分は江戸城の富士見櫓風になっていて見事である。展示テーマは「河川とそれに係わる産業」で利根川流域に生きた人々の生活の歴史をわかり易く紹介している。4階の展望室からは、利根川の流れや関東一円の山並みが一望できる。(友の会 広報部) |
| 関宿城博物館 |
| 第3回 利根川水運学習 (9月17日) 参加者:22名 |
| 台風13号が九州に上陸した9月17日、つくばエクスプレスの新駅「柏の葉キャンパス」に集合。この催しで初めてという大型バスを使用し、友の会 牧野さんのガイドで一路関宿へ向かった。関宿は関東平野のほぼ中心にあり、戦国時代には「関宿を支配することは一国を支配するのと同じくらい」といわれるほど重要な場所で、ここを手に入れるために戦国大名が戦いを繰り返したという。 |
| 野田の上花輪博物館はキッコーマン醤油の醸造元、高梨家が伝来の居宅・庭園・土蔵・屋敷林等、また収蔵していた生活用具・醸造用具・地方文書等の歴史的価値のあるものを一般に公開した郷土歴史博物館である。今回は、当主の高梨氏により館内の説明をいただいた。以下は展示棟前での説明風景と展示されている醤油の仕込樽である(友の会広報部) |
| 上花輪博物館 |





| (11月26日〜28日) 瀬戸内海歴史と民俗の旅 参加者:28名 講師 篠原 徹 (民俗研究系教授) 久留島 浩(歴史研究系教授) 現地講師 定兼 学(岡山県立記録資料館 田井 静明(瀬戸内海歴史民俗資料館) |
| 民俗・歴史の両先生を講師に、瀬戸内海の岡山、四国の香川県の旅でした。初日、2日目と雨にたたられ、 金刀比羅様をはじめ弥谷寺、石の民俗資料館など、長い石段を昇り降りする ややきつい行程でしたが、 ユーモアあふれる両教授のお話は、大正から昭和50年代生まれまでの老若男女の参加者を満喫させた。 |
| 瀬戸内海は昔から文化の交流に大きな役割を果たしてきました。雨量が少なく温暖な気候に恵まれたこの内海を生活の舞台にしてきた人々は特色ある生活文化を形づくりました。資料館はこれらの貴重な資料を収集・整理・保管し、総合的な研究を行い、その成果を展示・公開しています。 左は、資料館屋上にての参加者全体の写真、右下は屋上からの 瀬戸内海の眺望です。(友の会広報部) |
| 瀬戸内海歴史民俗資料館 |


| 閑谷学校資料館 武士の師弟が学ぶ藩校は岡山市内にありましたが、2つ目の藩直営の閑谷学校は、はじめから庶民の学校で、地方のリーダーを養成する目的で創建された。 現存し、庶民を対象とした学校建築物としては世界最古ののもといわれています。いまでも、研修生が講堂の床に正座して論語の1章をそらんじあい講釈を受けています。(友の会広報部) |

| 弥谷寺 四国霊場88箇所の71番札所 古文書に「一山にあるところの怪岩、奇石、ことごとく5輪仏体にて目の接する物、足の踏むところ、高峯・深谷にいたるまで不思議の神跡にあらずということなし。故に仏谷・仏山ともいう」と記されている。 この地は、昔から死者の霊の集まる所と言われており、山が深く、険しく、幽玄の世界に足を踏み入れたような感じであった。位牌がぎっしりつまったお堂もあり、巡礼姿の人々も多く見られた。(友の会広報部) |




| 高松市石の民俗資料館 古代から信仰の対象として使われたり、建築物の材料として役立ってきた石は、現在においても芸術、産業、技術などさまざまな分野で人と係わっています。そのかかわりの歴史や内容を展示しています。 ここからの屋島・高松市方面の眺めは見事でした。(友の会広報部) このページのトップに戻る |
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| 中川船番所資料館 中川番所は、寛文元年(1661年)に小名木川の隅田川口にあった幕府の「深川口人改之御番所」が移転したもので、小名木川のそばに番小屋が立てられ、川を通行する船を見張っていたという。主に夜間の通船、女性の通行、武器・武具の取り締まり、船で運ばれる荷物を検査した。 (友の会 広報部) |
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| 平成17年に荒川と旧中川を結ぶ閘門として荒川ロックゲートが完成した。荒川と旧中川は水位差が最大3.1mになるが、このロックゲートが完成することにより、結ばれ水上交通が両方向から確保できるようになった。これにより災害時等の物資の輸送、被災者の救出など、災害復旧活動の新しい防災ネットァークが誕生した。(友の会広報部) | ||
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| 水門を開け船を通す荒川ロックゲート |
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| 荒川ロックゲート |
| 金刀比羅宮 |
| 金刀比羅さんへの道は左右に店が立ち並び、参堂入り口から本宮まで785段の長い石段で有名です。 金刀比羅宮の祭神は、大物主命(オオモノヌシノミコト)で、その信仰は、江戸時代に頂点となり、今も変わらず庶民に、讃岐の「こんぴらさん」として親しまれている。庶民の願いや欲望のすべてをかなえてくれるありがたい神様ですが、「ごりやく」を得るには、長い階段を登りきることが必要です。(友の会広報部) |
| 第5回 東国の玄関口 下総の国を訪ねる旅 (3月11日) 参加者:57名 -市原市国分寺台周辺の遺跡見学会- |
| 低気圧の影響で朝から大荒れの天気模様、ニュースで案内された時間に従い、五井駅から満員のバスで埋蔵文化財調査センター到着した。見学会の出席者は57名、家族などの同伴者も可ということでしたので参加者が多く、最年少者は小学2年生の男児でした。平沢 栄作(会員)氏と高橋 泰雄(埋蔵文化財調査センター)氏、田中 清美(ふる里文化課)氏の案内による見学会であった。 |
| エントランスホールに市内出土の考古遺物が展示してある。代表的なものとして「王腸」銘の鉄剣や猪・鹿型埴輪などがある。祭日と年末・年始を除き、土・日も公開しているが、今年の4月より「市の方針」により土・日は公開しないことになったという。 |
| 市原市埋蔵文化財調査センター |



| 上総国分尼寺跡の復元中門と回廊 奈良時代に創建された上総国の尼寺跡、諸国国分尼寺の中で最大の伽藍規模を誇る本格的な寺院跡である。現在は中門と回廊が原寸大に復元され公開されている。 |
| 神門5号墳 3世紀後半に築造された墳墓。「イチジク型」の墳形は前方後円墳への過度期に作られたことを示し、古墳時代研究に欠かせない重要遺跡だと言われている。 同時代の神門3号・4号墳は住宅地に変わってしまったということである。 |


| 奈良時代に創建された上総の国の国分僧寺跡。市原が古代上総の国の政治・文化の中心地であったことを象徴する歴史的遺産である。7重塔は、基壇や礎石の大きさから、63m以上の高さであったと推定されている。指定地内には国分寺が現在も法燈を灯している。 |
| 上総国分寺跡 |
